tsukiyo
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8桜はなふぶき 母さんがぼくの前からいなくなって、もう何年になるだろう。そう、かれこれ十七年。だから十七年ぶりだ、この町。去きょねん年の秋、父さんもなくなった。ぼくはこの春の異いどう動で、この町の支してんきんむ店勤務になって、またこの町にもどって来た。 土曜日の夕方、ふっと、父さんや母さんといっしょに暮くらしたあの家が、むしょうになつかしくなって、ふらっと出かけた。このあたりだった。ぼくは記きおく憶の糸をたどりながら車を走らせた。 街がいろじゅ路樹も大きくなって、町並なみはすっかり変わっていた。そのあたりに商店街がいがあって、そうそ、用水路をわたって、隣となりに公園があったっけ。たしか、ここだ。ぼくは車を止めた。 ふとのぞいたバックミラーに、なつかしい桜さくらの樹きが映うつった。たんわりと満まんかい開の花をつけて、ちらちらと花びらを散ちらせていた。 その時、ネズミモチの生いけがき垣の庭から、キーコ、キーコと金属ぞくのすれあう音がしてきた。「さあさ、踏ふみ出そう、この一歩ぽ心にいつも太たいよう陽を山陽新聞掲載平成十六年(二〇〇四年)四月二十五日(日)
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